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星の五線譜夢で もし逢えたら ..:*:・'゚☆ 8月27日 「真夏のオリオン」観てきました。 レディスディの水曜日、会社の帰りに友だちと待ち合わせ。
PM・8時40分からなのでゆっくり夕食を頂きながらあーでもない
こーでもないと楽しみながらのお食事を済ませました。
食後はコーヒー!! ん ん 豸-゛-; 豸-゛-; ポップコーン・・・ぽ ぽっ
ぽっぽ ぽぽぽぽ ぽっぽー♪豸-゛-;
コーヒーだけを見るようにして「ブレンドコーヒーのSを下さい」
どうにか誘惑には勝利した。。。。。
が、館内に入り席に着くと、後から入ってきたカップルが
ポリ ポリ ポリ パク ポリ パク ♪
Usagi 「・・・映画を観に来た・・・」豸-゛-;
きれいな海の見える丘で、戦艦に部下として乗り合わせた
何十年後の男性と、その艦長の娘との待ち合わせのシーンから
始まりました。
玉木 宏さんが演じる艦長は、あまりに細すぎて、戦争中の兵士とは
こんなじゃないだろうなと思う場面が所々に出てきましたが、玉木さん
だけじゃなく、共演の男性の俳優さんが皆さん細い事。。。
何処が細いか? 知りたい?知りたい?ヽ豸*^^* ノ フフ
エヘン” ウェストなのです。どうにかするとUsagiの掌で一回り出来るかも。
羨ましい・・ノダ
そんな話はさておき、内容は感動出来る作品でした。
お友だちと二人で「久し振りに、心地よい映画だったね。」
感動でウルウルとかではないのですが、アメリカ軍の艦長との戦略の
かけ引きや、玉木艦長に想いを寄せる(お互いに)玉木艦長の親友の
妹が、戦闘に向かう彼に向かい、この「真夏のオリオン」と題した楽譜を
そっと手渡すのですが。。
冬の空に輝くオリオンも、願えば必ず真夏の空に見えて帰るべく道を
照らしてくれる。 そんな想いを託し作曲した楽譜なのでした。
あまり詳しく説明しちゃうと何処かの映画評論家みたくなるので、
詳しく説明したいUsagiでありますが、ぐぐっと抑えてこの辺で。ヽ豸*^^* ノ
戦争の中で、対敵国に関する攻撃の中でありながら、思いやりがありうるかも
と思わせる演出は、もしかしたら戦争を知らない時代に生まれた幸せに胡坐を
かいた作品なのでしょうか? でもUsagiはこの映画好きです。
ちなみにこの映画に流れる 願い星~I wish upon a starが、またまた
素敵な曲でした。 ★もし、時間と興味があれば、ご覧になって下さいませませ。
手長エビの様な形のブルーの線がオリオン座を示しています。
★
5月14日 うつろひ 季節の移り変わりは
とても早くて
時の流れを感じている暇など
無いくらい
ついこの前
桜が咲いていたのにな
と思っていたら
花屋さんの店先では
紫陽花たちが色とりどりに
ところ狭しと咲きほこっている
お家の庭先の紫陽花は
まだ花芽がグリーンの粒々で
目立たぬように可愛く出番を待ってる。
早く色づきたいと思ってるかも・・・
問いかけてみたい気もするが
゜∵..・.:★
弥生の頃には、
早道の公園の中で咲いている
桜の木向こうに見える
少し欠けたお月さま見上げてた
まだ青みの残る夜空で
くつろいでいるかのように思えた
退屈なのかなぁ・・・
Usagiから
話しかけてみた
「何かお話しませんか?」
勿論、返事は返ってこないが
でも
どんなお話しに
花が咲くのでしょう
お願いしかしないUsagiに
手を妬くかもです
はい・・・
5月10日 星の数だけあの日から、2年と8ヶ月。
こんな嬉しい日が訪れるとは夢にも思っていなかった。
帰宅の道すがら、夜空を見上げ求めるように探し目に映った星に
片っぱしから願いをかけていた。
聞き届けてくれることが叶うかのように、必ず星を追いかけた。
目に映る星は疎らで両手の指にも余る。
でも必ず。。
「 長くて2年、2ヶ月か数週間先かも・・・今の医学では治療法は
見つかっていません。」
「白血病であれば、まだ治療法もあり完治もありうるのですが。」
助からない事が分っていたから、期限の切られた命だったから。
ならば、せめて「どうか苦しむことがないように、痛みで顔を歪めること
がありませんように。。」何度呟いたことでしょう。
髪の毛も3度も生え変わり何度か見た坊主頭も、今は綺麗に整髪され
几帳面そのもののヘァスタイル。
自分で再生させられない血液が心臓へ送り込まれないため心筋梗塞の
危険が限りなく広がる。そしてその治療に重点をおいていると、今度は
血液のバランスの数値が落ちていく。
交互に体を騙すように宥めるように繰り返される治療。
数値が上がったり下がったりを繰り返しながら、間違いなく日増しに悪くなる。
正常な人の血液の中のその数値は3500~9000だとか、それなのに
500の数値が治療中の数値表に記されている。熱も時折40度近くまで
上がる。下がって上がるの繰り返し。高熱による肺炎が怖いが原因は不明。
点滴と血圧を計りに訪れて下さる看護士さんに「血圧、血圧って血圧ばっかり
計っても仕方ない!!」って毒ずく言葉。。
12月半ばには主治医の先生に、「あと1~2週間くらいだろうか、酸素量が不足
しているためつけている酸素マスクも放せなくなり、寝たきりになるのに長くは
ないでしょう」。
それでも年は明けた。2009年。
元々細い身体の人、食欲もなく体重は20㌔近く落ちて、堅い処に座ると骨が
酷く痛むと嘆いてた。2ヵ月前のことです。
それでも、それでも本人は、退院したらこれがいる。あれが無いと靴まで通販で
注文し、次の退院を信じて疑わない。
つい1カ月前、いつものように病院に訪れた時、目にしたもの。
スーパーの袋から出てきたものは貝割れダイコン、チーズにマヨネーズにロースハム。
食パン二枚に挟んでマヨネーズをクルクルとかけると待ちきれないようにガブリ。
叉、ガブリ。。ハウスの何とかポテトスープ?珈琲も、まだ足りないとパンに手が伸びた。
何度、もう駄目だと思ったことか。でも、その度不思議に悪くなりながらも日々は
繋がっていった。
一昨日の電話。「退院する」それでも私は一時退院だろうと思ってた。
昨日の夜、病院で「何時までの退院?何日まで?」と聞いた私に答えた。
「退院や」
「えぇ?退院?ほんとに?」
「一時も二時も無い退院やって!」
この一ヶ月点滴をやめて飲む薬にしたのだけれど、それが身体にあったのか
それとも、何かの効果で良い方向に向かって行ったのか、先にかいた正常な
血液バランスの数値が3500から9000の値に対して、何と今5000になり
正常値。体重は7㌔戻り、茶色かった顔色もピンクがさしている。
他に飲んでいる物は青汁にローヤルゼリーあと一つか二つ思い出せない。
主治医の先生が言われた。「あんたの生命力は凄いわ!!」って
「僕にも何やら訳がわからん。。」この病気においては有名なお医者様の
お話です。
私は、星に願いが通じたこと、信じて疑わない。
奇跡?どうか夢でありませんように。。
今夜も疎らにしかない空の星を見上げて呟いた。
「ありがとう、本当にありがとう」
4度、あきらめかけた命の灯は確かに灯っています。
5月11日 月曜日 退院!
蕨とラナンキュラス
1月1日 あけましておめでとうございます。 あけましておめでとうございます。
あわただしい1年が過ぎ去って新しい年が明けてしまいました。
殆ど更新出来なかったのが残念ですが「時間よ止まれ」なんて
思っていたせいかも知れません。
今年もUsagiはやっぱり頑張ります。。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
Usagi
12月24日 ☆それでも「Merry Christmas!」なのです。。 気持ちばかり焦る今年のUsagi。。
でも ゆっくり進んでいることが嬉しい・・・
゜∵..・.: Merry Christmas ゜∵..・.
10月20日 バリ狂騒曲 ! 旅の恥は・・・ ・・・ かかないように 2007年が終わらないうちにバリ旅行記を終わらせて置かなくてはと書き溜めてあるものをUPいたしました。。
本当に色々ありすぎて久々のUPです。こんなUsagiに皆さんがコメント入れて下さって嬉し泣きのUsagiです。
今回の旅に、私は6万円ほど、後の二人は10万円を財布に入れての出国でありました。
旅など、それも海外旅行など一度もしたことのないUsagiにとってどれくらいの金額を持参 すれば いいのかなど全くの皆無。会社でお世話になっている税理士の先生が、あちらは何 も かもが 凄く安いのでお小遣いなど3万円もあれば十分などと教えてもらいました。 それなら 倍の6万 円と計算して後は半端が4、5千円で無謀にも出掛けたのでした。。。 大体持って行 くと間違い なく衝動買いで使い果たすことは目に見えていると思い控えたの が 今回の情け ないお話しと結びついて いくのでありました。
それなのにそれなのにガソリン税入国税帰りには出国税(全部で2万円と少しこれはあらか じめ旅 行社から聞いていたのですが)大体大雑把な性格が災いしてボルブドゥールへの往復 も飛行機で 乗ったり降りたり計4回。荷物の行きと帰り の運搬費分で4、5千円何で こんなにいるの~と 思いながらもバリへ到着と相成りました。 日本は本当にに高い!
バリの空港では現地のガイドさんがお出迎え。ホテルに着いたのは午前様を過ぎていたの に翌日からの予定を組む。話によると3人でだけれど 一日、車と運転手さ んとガイドさんで 約1万円也!で、まずは一日目にお土産を後は気にせず遊ぶの だと言う事で 色んな処へ 連れて行ってもらった。銀細工のお店でピアスを買い前々から欲しかった ガムラン ボールを 買い、アシタバ細工のお店で細かく編まれた籠バックを買い男性用のTシャツやパテオ (腰に 巻く1枚の風呂敷の親戚豸-゛-; )も買ったのです。。それでもそんなにお買い物した訳で は なく2万円にはなっていなかったのに。。
グランマとママの二人はあれもこれもと飛ばしていましたが、グランマが「Usagiちゃんもマ マも 私カード持ってきているから 手持ちが無くなっても大丈夫よ!どんと来い!」とのこと内 心ほっと しながらその日は暮れたのでした。(二人は相当買い物してた。。裕福二人組UsagiはX)
かくて事件が勃発、翌日グランマがカードを持ってきていないことが判明、私は持って行く のが 怖いので(持ってるだけで殆ど使ったことない豸-゛-; )ママも同じ理由で持参せず、グランマ は日本で持っていたカードが海外で使える ように していなかった とか(それすら忘れていて のであった)それで持ってくるのをやめて置いて来た (後の祭 りやし…)でも、それを言う なら 私たちも同じで持って来ていても使えない。かくて私達3人は一瞬で 奈落の底に突き落と されたので ありました。その時点からからどうしょう、どうしょうと皆で 無い知恵 を絞り始め ました。まずは預金の引き出し、でも 口座番号分かんない。で、会社に連絡 インターネッ ト で見るからと番号を送ってもらうことにした。そこまで は良かったがJに電話 で聞くと銀行で 送金して もらってカード番号さえわかり本人確認が出来れば引き出せるが2、3日 か、ひど い時には一週間もか かるとのことで、またもや奈落の底へ2度めの転 落となったのです。 「Jがね今度の旅で何か困ったら電話しといでっていってくれたんよ」と嬉しくて皆に言って あったものだから二人の 口から「J君に何か良い方法がないか聞いて~」と懇願されたので あ ります。 私はJに 借金するなんて絶対嫌やし絶対よう言わんわと一旦断ったのです。 でも、2日目で 底を突き か けたお金で この先不安でどこにも行けない。毎日ビーチで寝そ べってマクドナ ルドとケンタッキーで 過ごすのか~と、どつぼ満開の 状態から抜け出すには 厚顔無恥とJに 思われても仕方なく最初はどう 対処すれば良いのかを教えてもらっていたの に借金のお願い をせなばならなくなってしまった。
ところが、先にJからホテルの電話番号をわざわざ調べてどうなったのかを聞いてきてくれ たのです。。 そして借金のお願いをする羽目になってしまった厚かましいUsagiにJはあほや なとと言いながらも「幾ら いるの?本当にそれだけでいいんか?もっと多いほうがいいのと違 うの」と何度も聞き返してくれて、もう嬉 しく て嬉しくて。。 (JさんとはいつもUsagiのブログに写真を置い て 下さっている S・MORIさんのことです。)
それでもお金が着くまで心配で、無事に届くかそして本当に貸して貰えるのだろうかと不安 一杯 で夜が更け ていくのでありました。(しかしながらこの懲りない3人は朝まで高いびきで一度も起き ることな く 爆睡したので ありました)ママなんか、お話している最中に返事がないなと思ったら すー すーと寝息でお返事・・・全く反省の色のないどうしょうもない3人組。 翌朝にJからの電話で至急便で送ったから午前中には着くというJの嬉しい計らいに期待 一杯で薄暗い ホテルの部屋でひたすら 現金到着を待つのでありました。 いつもはJの甘え んぼのような口調がとても 頼 もしく聞こえたのは勝手なUsagiでありました。
プルッ プルッ プルッ フロントからの電話「キャァ 来たぁ~!!!!」一目散にロビー まで駆け 下りたのは言うまでもありません。部屋に戻り、本の入った封筒を開けるもどかしさ、 何処に入っ ているのか分からない。。 手探りで確かめ「ここやぁ~!」やっと顔を出したお札 に3人で頬ずりし各銘々にお札を扇子状に広げ 記念撮影「Usagiちゃん、カメラ、カメラ撮って ~♪」ホンマに懲り ない3人でした。 Jありがとうほんとに ほんとに助かりました。嬉しかった!! と、長~~~い 言い訳でありました。。豸-゛-;
ガイドのライさんに言われてしまいました。。 「ワタシ イッパイ イロンナクニノヒト ガイドシテキタケレド オカネガナイ ユウタヒト ハジ メテネ ‘⊙⊙ )!!” 「ヨカッタ ヨカッタ ヨカッタネ ワタシモ ウレシイ」私たちはもう明日の 予定のタナロットに思いを馳せているので ありました。。。。。。。。。 100円ショップで買った顔彩(絵の具)色の発色が悪くたかが100円されど100円 と思ってブーブー言いながらも毎日バリからの絵葉書を描いて出すUsagiなのでした。 ヾ豸●ε● ”ぶ~ぶ~ 6月18日 餃子ぱーちい 中々更新出来なくて、お話が先に進むのはいいのですが、過去のお話が前後して
Usagiだけの頭の中で整理しながらお話し進めますぅ。。豸-゛-;
バリから帰ってきて一ヶ月ほどしてバリの怪しい大阪弁の旅人が写真やお土産の
整理を兼ねて「餃子を作って食べよ!」と言うことになったのです。どうして餃子なの
かと言うとバリへ行く飛行機の中で読もうと待ち合わせの間に買ったのがオレンジぺ
ージの餃子特集の本。餃子より色々なタレが気になったもので。。
そうでなくても重たいキャリーケース(重さ約18キロ)制限重量が20キロだと言うの
ノー天気は迷う事なくレジへと。
そうして始まった餃子料理教室、いつもならUsagiんちでは餃子の皮は市販の皮を
利用して作るのですが、この日は以前に、皮から作ってとても美味しかったのを思い
出し何を勘違いしたのか小麦粉から捏ねて作ることになりました。
その時おぼろげに覚えていたのが強力粉と薄力粉を混ぜたような。。イイヤ あの時は
薄力粉しかなくてそれのみで作ったような・・・しかし本を見るとどちらも使用している。
かくて一か八か半分づつの分量にて挑戦!
春雨の入った中華スープとサラダに冷蔵庫の中の目ぼしいものが食卓に上ることに
なりました。前日から3人分の麺棒をと、擂り粉木にケーキ用の麺棒まで用意していた
のですが擂り粉木は真っ直ぐじゃないから伸ばすには不向き、かくてサランラップの芯
が登場!でもこれは使っているうちに少しずつ水分が含まれていく為ふにゃっとして使
いものにはなりませんでした。
ワイワイ がやがやと言いながらも200グラムの小麦粉は70数個の皮に出来上がり
ました。上手に出来たのですよとても。。でもねもたもたしている間に一番先に作った皮
がくっついちゃってまたもや捏ね直して3人とも最後には半分嫌になりながらも、それでも
とうとう出来上がり次に餡を入れていきました。ママが一番不器用でした(ナイショデス)豸-゛-;
大きなホットプレートに処狭しと並べられた餃子!ほんとは置いた部分が狐色になったら
お湯を少し入れて蒸し焼きにしてチリチリト言い出したところで片栗粉の溶いたのをパリッと
する為に最後に入れたかったの。。。でも、でも、誰が言ったか「私ね上も下も横もパリッと
してるのがいいの!」ってお箸でもってひっくり返し始めました・・・。
そうして出来上がったこの餃子のお行儀の悪い事。。Usagiの寝相と変らない見苦しい状態
にて出来上がったのです。それでもデジカメでパシャパシャ” あ~ん もういや!!ブログに
載せるのに~(心の中で叫んでおりました) ブツブツ豸-゛-; ブツブツ 豸-゛-;
お味ですか?う~ん強力粉が多すぎたみたいでパリッとはしていましたが硬かったのです。
餡は中々美味しくてUsagiの大好きな納豆餃子が奪い合いになるほどよく売れました。豸*^^ゞ
グランマもママも納豆餃子は初めてだったのです。餃子の前の腹ごしらえにお昼は筍ご飯を
炊いたのですが、それを焼きおにぎりにして頂きましたがそれも中々いけました。 終わり
5月29日 プランバナンの虹とティダッ騒ぎ バリの休日より 『№4』 空港前にて
ジャワ島でドライバーを勤めてくれたハジャット君。年齢不明だし最初に車の中での自己紹介で
ガイドのフイットロンさんが「ドライバーはハジャット君です」と言って紹介してもらった時に後ろを向
いて、はにかみながらもチョコンと頭を下げてこの涼しい笑顔。でもこの後、車中の会話には時折
笑顔を見せるのだけども一言も声を発しなかった。車に戻って来た時には必ずこの笑顔でドァを
開けてくれた。この写真も3枚撮ったうちの一枚だけが満面の笑顔で笑ってくれています。 後の
3枚は照れくさそうな笑顔。グランマはトキオのリ-ダ-城島君に似てるって言うんだけどUsagiには
不精髭のハジャット君がとっても可愛いいと思いました。豸*^^ゞ
21日午後
昼下がりにはボルブドゥールを後にして、次に向かったのが大きなガジュマロの樹と菩提樹の
茂る寺院ムンドゥッ(ムンドゥ)寺院。歩いていく広い景色の中に暖簾のように垂れ下がる気根・・
ガジュマロの樹がありその垂れ下がった気根に可愛い女の子がぶら下がりながら遊んでいた。
その女の子にカメラを向けていると何やら自分達もと、少し離れて遊んでいた子供達が近寄って
来てくれたのです。裸足で遊んでるのがとても印象的で、黒い瞳はキラキラと輝いていたが皆同
様にはにかんでいる。ママがバックに入っている飴玉の袋を取り出して皆にあたるのかどうか数
えだした。「あるある丁度あるわ、良かった!」と皆に配り終わったところで向こうからおチビちゃ
んがこけそうになりながら走りよってきた。「うわぁ、どうしょうないわ・・・」仕草で分かるのかおチ
ビちゃんの目はどしゃ降り寸前で口元がへの字を結んでいる。3人は自分のバックとポケットを
手当たり次第に探る「あった~!」その手の先にある飴玉の袋におチビちゃんニコ~ッとその場
の子供達とUsagi達全員が満面の笑顔。やっぱり子供は全世界共通で可愛い!
子供達の笑顔に手を振りながら次の地プランバナン寺院へと移動。内心「また寺院。。」かと。。
暑いの日差しに汗を拭き拭き、あまり冷房の効いていない車に乗り込んだ。こちらを案内して
頂いているフイットロンさんが言う。ボルブドゥールでも同じ説明でしたがこのプランバナン寺院
でも物売りの押しかけがそれは凄くて、もし欲しいものあれば値切って買うのもいいけれど、いら
ないのであれば「ティダッ」と言って言葉強く言わなければずっと着いてくるとのお話。プランバナ
ンに着き車を降りるよりも先に車のドァが開くのが待ちきれないかのような「チェンエン、チェンエ
ン ヤスイヨ ヤスイヨ」 どうも 「千円、千円、安いよ安いよ」と言っているらしい。木彫りのジャ
ワ原人や皮やビ-ズで作られたブレスレット、ただピーと鳴る笛で欲しいものではない。
直下に「ティダッ!」と答えたが全く怯まない。右へ行けば右、左へ行けば左へと目の前にニュッ
と差し出す。暫く歩いているがずっと着いてくる。止まると又、チェンエン、チェンエンが押し寄せて
来る。それの繰り返しなのだけれど終いには「ティダッ」が「リラッ」になり、次に発した言葉は何と
ケチャックダンスのケチャが頭に残っていて「ケチャ!」と叫ぶが、隣でグランマが「リラッや」と、
そうするとママが「リダッとちゃうの?」もう、滅茶苦なのである。チェンエン ケチャ! リラッ!
ティダッ! リダッ! チェンエン が乱れ飛ぶ。もう笑いがこみ上げてきて、皆で大爆笑しながら
顔を見合わせるのだがその笑いを勘違いして又もチェンエン、チェンエンが追いかけてくる。グラ
ンマはもう泣きそうな顔をして 「もう!いらないっていってるでしょ!リラんの!」 コレ日本語ネ・・・
そうしながらもプランバナン寺院の下まで辿り着く。しかし、まだ後ろにピタッと着いてきている。
それを気にしながら小雨そぼ降る寺院を見学しカメラのシャッターを押していると、いつしか雨が
上がり プランバナン寺院を見上げる後ろにうっすら虹がかかっている。。先の地震で崩れかけた
生々しい爪跡の寺院と修復中の立て札と、沢山の立ち入り禁止の柵が地震の酷さをより想像させ
る。その後ろに夢と希望を感じさせる虹が架かる。嬉しい自然のおもてなしに「ぅわぁ~虹やぁ~」
と叫んでいると又もや、チェンエン!が横にこの商魂の逞しさはついにママの目線をゲットする。
皮とビーズのブレスレット。最初、20本チェンエンが「40本チェンエン デ イイネ!」にそれなら
友達や会社の女の子へのお土産にこれも添えて一本づつと思ったらしく、ママ「40本が千円?」
と聞いたのに答えたのは「50本チェンエン」との返事で契約成立。そうなるともう一人の男の子が
俄然、前に出て笛は吹く絵葉書は見せるはと、もう悲壮な顔して着いてくる。結局、この彼は最後
までひたすらに金魚の糞??豸*^^ゞ 状態で歩く。最後にはグランマも根負けして「じゃぁ頂くわ」ママ
と二人でジャワ原人の木彫りの人形を2体で千円を4体2千円で、お土産にとお財布を取り出した。。
しかし、このお話しはまだ終わりではない。見学を終わって車に乗り込もうとすると車の中まで
顔を突っ込みチェンエンが続く。しかしその手には4体でチェンエンと車のエンジンの音に慌てて、
もう新聞紙にくるみ始めている。その上レゴンダンスの男女一体づつの貼り絵(中々いい)2枚で
千円を4枚千円!最後の飛び込み商法で、とうとうUsagiまでお財布を開く。殆ど衝動買いで・・同行
の客に一方の半値で商売をするこの商魂逞しい人々は、いい土産話となりました。
..:* :・' ゚ ☆
★ .. : *:
出発待ちの空港にて
19時はもう中頃を過ぎていた。プランバナンを後にして帰りの飛行機に乗るべく飛行場へと向
かう。飛行場には20時過ぎに着くのだが出航は22時40分。夕食をと立ち寄ったレストランに店
のオ-ナ-の子供なのか孫なのか、大きなお目目のお人形さんみたいなおチビちゃん。何かしきり
に訴えている急いでカメラを向けたらどうも、ご機嫌を損じたようで「@#$%&*~」と逃げられ
た。Usagiそれでも追いかけた。するとクルリとこちらを向いて 「ツイテコナイデ!」 と言ったかど
うだか定かではないが追っかけを目で阻止したのである。このおチビちゃんGXさん家のUsagiが
大ファンの親指姫に似ていて何故か嬉しかったなぁ~。豸*^^ゞ
5月20日 ボルブドゥールの可愛い子 バリの休日より 『№3』「スラマット シアン 」 こんにちわぁ~ 豸*^^ゞ 4月20日 (後編)
ガイドのライさんの「ユックリ ネテラレナイネ ドコカ イキタクナルヨ」の一言に乗り、ゆっくり過ごす
はずの翌日は寺院周りとバリの街中の市場へ行ったのですが、市場内は暗く試食した
ものなどはそのまま足元に投げ捨てたりする為なのか入り口からゴミ捨て場のような状
態申し訳ないけど鼻先にハンカチを当てて場内を廻る。果物屋さんへ連れて行ってくれ
たのですが市場の中の異臭に戸惑うばかりで少しの果物を買い外へ出た。今考えてみ
るとその時に果物を素手でもらいそのまま指先で剥いて口に運んだのが原因なのかそ
の夜に早速バリの洗礼を受けることになった。(Usagiだけが真夜中に嘔吐と下痢に苦
しむ。只用意周到のお薬のお陰でその晩のみで助かりました)昼間の市場内の臭いと
その後で連れて行ってもらった街中のレストランいや食堂・・・
ドライバーさんとガイドさんと私達で頂いたお食事はお皿にてんこ盛りで5皿くらいだった
かそれで125000RP(1560円)しかしUsagiとママは焼き鳥のような串しか喉を通らず
もう一人のグランマはこれがどうであれがどうでと講釈の上頂いていたのです。食堂の
テーブルには白い小さな虫が這い回っていました。。それをウェットティッシュで拭き拭き。
その後、今度は綺麗なデパート(スーパー)に連れて行ってもらい、食べられそうな食品を
見て安堵したのです。でもお国柄の違いバリに生まれた方には何ら普通の匂いなのでしょ
うが悲しいかな環境の変化には着いていけない自分が悲しかったかな・・・はや一日目にし
てバリの食べ物に降参。。情けなか~豸-゛-;
4月21日
このボロブドゥール遺跡は大乗仏教の総石造りの建築物。バリ島から飛行機で約一時
間ほどの地。華やかなりし王朝文化が色濃く残る都市悠久の「ジョグジャカルタ」世界三
大遺跡と称され世界最大級の仏教遺跡で未だ多くの謎に包まれた巨大遺跡とヒンドゥー
経寺院のブランバナン寺院世界遺産に認定されている古代遺跡のボロブドゥール寺院と
ブランバナン寺院の外壁に施されたインドの叙情詩ラーマヤナの見事なレリーフレリーフ
を手で触れ古き佳き時代の息吹を間近で感じられたのでした。石の回廊と石段、石の仏
陀やストゥーパが犇めくように並ぶボルブドゥール。(ストゥーバとは日本で言われる卒塔
婆でサンスクリット語で音写されてストゥーバが卒塔婆になったようです)
以前、Usagiのブログに登場した「石の鼓動に風のさやけし」昨年1/9日続けて「やさしい
風」1/4日の詩の舞台がここなんです。Usagiの秘密の思い入れの場所なのです。この国
へ訪れてどうしても行きたい場所の一つがここで、もう一つが星空の下で聞くジェゴクの演
奏「神さまの鼓動」2004年4/29日の夢の中の思い出の地なのでありました。
さて、そこへと向かう日のUsagi達一行の道中は・・・「広い敷地の石の寺院はお日さまが
昇ると、その日差しは石に吸い込まれきっと途轍もなく暑いであろう事は事前の検索で得た
知識から安易に想像できた。。 しかし出発前(日本)には一番早く出発の飛行機便は結局
時間を掴めず「現地にてガイドさんに直接聞いて下さい」との実にいい加減な説明で泣く泣く
納得してのこのボルブドゥール到着。
バリへ着いた翌日に搭乗券は無事ゲットの連絡で朝一番の6時にホテルへ迎えに来て頂
けるとの説明で小一時間で着くとのこと。じゃぁまだお日さまも高くなく涼しい間に見学出来る
のではと内心ほっとしたのであったのですが。。 で、そのガイドさん(ライさん)にボルブドゥー
ルには遅くても8時には着けるよね?向こうに着いたらボルブドゥールは近いの?と質問攻
めにしたのです。その結果ライさん曰く「8時ニハ着クネ飛行機ヲ降リルト スゴソコガ ボル
ブドゥール スグ、スグヨ」 「ライジョウブ、ライジョウブ心配シナイデ・・」とまんまとその言葉
を信じたUsagi達一行・・・ ちなみにこのライさんの口癖いや、呪文のごときこの言葉は大丈
夫と言う日本語がライさん風にアレンジ?されてライジョウブとなったのであります。。ヽ豸*^^*
飛行場まで40分くらいだったか。。そこから待つ事1時間は遥かに過ぎ出発は到着すると言
われている時間はとっくに過ぎていたのでありました。
結局、ジョグジャカルタに着きそこから更に42キロ椰子の樹海に囲まれた遺跡であり1814年
に発見される迄密林の中で火山灰に埋もれ、眠り続けたという遺跡である。それだからこそ、
イスラム教の迫害も受けずこれだけのものが残ったのだろうと思った。車を下りて、遺跡に向
かうが、小高い丘の上にある。なのに火山灰で埋もれていたなんて一体どのくらいの量の
火山灰を運び出したのだろう?丘の上に盛り土をし、その上に高さ23cmで統一された安山
岩のブロック100万個を積み重ねて造られているが、下部、方形の6層と、上部、円形の3層
から構成されている。とにもかくにも素晴らしい。
ストゥーパの林立する円壇部へ向かう。円壇の中央には大ストゥーパがそびえ、その周り
に釣り鐘型の小ストゥーパが3層構造で72基、規則的に並んでいる。小ストゥーパは切り窓
から中に安置された仏像の様子を見ることが出来た。外側2層の窓は菱形で、不安定な俗
界の人の界」の大ストゥーパに収束していく。
ストゥーパの中を覗くと、完全な形の仏像は殆どない。手や、頭部のもげてしまっている仏
像が多かった。いくつかは覆いの外してあるストゥーパがあり、中の仏像を直に見ることが
出来るようになっている。それが、私が見たがっている仏像なのである。そこに行く前に、
第1円壇ストゥーパ東側に「幸福の仏像」と呼ばれてい仏像が安置されているストゥーパが
あるので、そこに行ってみた。さすがに人々が群がっている。透かしのき間から手を伸ばし
、中の仏像に触れると、願いが叶うのだそうでみんな順番待ちをして押し合い圧し合いしな
がら、触っている。私も順番を待って、手を伸ばして触れられたのだが。なんとかやっとの
思い…。 Usagiの手が短いのか触れられるのを拒んだ仏様が避けて体を捩らせたのか
でも、なんとか必死で、願い事を「母がいつも元気で過ごせますように」このところ何処の
神社仏閣へ参拝してもお願いするのはこの一点。しかし母はUsagiよりよほどライジョウブ
なのであります。その後、大ストゥーパを目指して上に登る。上から周りを見渡すと、辺り
一面は樹海が広がっていました。
この後、陣の入り口に土産物のお店が乱立しているところを歩いていると可愛い女の子
を発見(上の写真)イスラムの女性が頭に巻きつけているストール(月風さんなら何て呼ぶ
のかご存知かも)で髪の毛の部分を包んだ可愛い子。母親の自転車の後ろで何かむずか
っていたのですがUsagiがカメラを向け笑うと彼女もニッコリそして母親もニッコリ旅での触
れ合い瞬間に通り過ぎる風景なのですが何とも嬉しいシーン。デジカメに映った彼女を再生
して見せてあげるとまたまた満面の笑顔Usagiまで嬉しくなったのでありました。この後ブラ
ンバナン寺院でも大きなガジュマロの木の下で可愛い子供達と触れ合える時があったので
すがそれは時回に午後からプランバナン寺院へと向かう前のひと時でした。
読んで頂くのに申し訳ないほど長くなりそうなのでボルブドゥール編その①として一旦休憩。
。豸・・; ふぅ
↓下の写真。。歩きながらカメラをパチリパチリシャッターを切っているとかっこいい制
服のポリス?カモン ”と手招きをしカメラをよこしなさいと取り上げられた。えぇ~何もしてな
いよ~って言うが通じないカメラを取り上げた手前の男性さっさと離れて行き何とこちらにカ
メラを向けて「パチリ!!」かくて3人での記念撮影となったのですが撮れた写真はこの二人に
抱きかかえられ引きつった笑顔の泣きべそ状態・・・UPする勇気はありません。。。豸-゛-;
5月3日 いざ出発!! バリの休日より 『№2』 一番大きいショッキングピンクのフルーツが エエト エエト ドラゴンフルーツ 小さいピンクのトゲトゲなのがランブー
タンでこれはライチと全く同じ味の同じ食感。青い林檎らしいのは林檎であろう・・・手前の濃い茶色はまるで蛇の
皮のような皮で中身は梨のような味と食感でスネークフルーツと言いバリ島ではサクラと呼ばれ中々人気がある
らしい。その向こうの黒い柿の様なのが果物の女王マンゴスチン(Usagiの口にはもう一つだったかな)一つだけ
向こうに映るはパッションフルーツ(中実はアケビに似てるかな粒は少し大きめだけど) 一つだけ名前の分から
ないフルーツ黄土色の硬い皮で包まれた果肉は丁度プチトマトくらいの大きさでお味はやはりライチと似てる。。
これなんでしょう??豸-゛-;
4月19日/20日
生まれて初めて乗る飛行機に見知らぬ国に不安と期待の入り混じった複雑な
心持でのツァー参加。ツアーと言っても総て単独行動。
イヤープレイン(耳栓)買ったもののさほど必要としなかった・・・
特にお薬には念入りにチェックして持参、胃腸薬、頭痛薬、目薬、必須としては
正露丸(下痢止めは何と3種類)そして虫刺され対策に日本から液体蚊取り線香
そして虫刺され用スプレー、イヤイヤそれで物足りぬと虫除けパッチ、更に上乗せは
赤くならないムヒで万全の体制を取る。しかしながら事前の下調べと違って一度も
蚊に悩まされる事は無く嬉しい誤算なのでしたがホテルは冷房が効きすぎていて
温度調節も出来ず薄いお布団とバスローブをも一枚羽織っての就寝でした。
しかしながらこのホテル、旧ヒルトンホテルと銘打ってあり中々素敵と申しますか
他のホテル知る由もないUsagiでござります。。部屋数も凄く多い大きなホテルで
ランクもまぁまぁのホテルでビーチまで1分は嬉しかったかな。。(初めての見知らぬ
国なので何か不安で無理してここにしました)
メインロビーは生憎工事中とのことでしたが、なんとこのホテル端から端まで辿り着
くのに20分はかかる距離でホテル全体を歩くとなると時間単位が必要かと・・・
上から二つ目のランクのお部屋でしたが、何と昼も夜も薄暗い背丈の大きなランプ
スタンドが二つこれがもう暗くって日本へ絵手紙を出すべく絵を描くのですが本当に
薄暗く、日本で贅沢に明るい電灯の下で慣れてしまっている私達にはストレスになる
ほどの暗さでありました。ただ眠るだけなら快適な暗さなのですが。。絵手紙にはバ
リの果物ランブータン中国のライチと同じようなお味でも外見は少し違っていて濃い
紅色に柔らかい棘がある メチャ大好き)そしてバリ島の代表するお花のプルメリァ
(白く、いい香りが漂います)を絵葉書に認めました。あぁー暗い、あぁー暗いとぼやき
ながら。勿論、絵筆も墨彩も筆ペンも日本から連行致しました!豸・・;
可笑しいのは部屋があれほど暗いのにバス、トイレ、シャワールーム、洗面台の
廻りも凄く明るいのがナンデヨーと疑問でありました。
一日目はテンパサールのングラライ空港に23時30分到着で、お出迎えには日本
旅行(ベストツァー社)の私達のお世話を下さる方がいらして下さってその方の案内で
夜中の12時も大分過ぎた時間にホテル到着と相成りました。。私達は慣れぬ飛行機
で疲れていたのでありますが、「アス ドウシマスカ? キット ネテラレナイネ ドコカ イキタクナルヨ」と
何度もプッシュの翌日談義 豸-゛-; かくて一日目はホテル近くでゆっくり散策だけの
当初の予定が早くも崩れ去り、第1日目からあっちこっちそっちと汗を拭き拭きのお出
かけ状況になってしまいました。
どこでもピースなのだ! ドラえもんかっ!! 豸・・。ゞ テヘ 4月28日 ただいま~♪なのです! バリの休日より 『№1』 お化粧もバリ風、一度も塗ったことの無いような赤い口紅に戸惑っていると頬の辺りに何やらカールした髪を
書き目尻と眉間の上には白いものをぺッタンと貼られた。。笑っているけど痛さで顔が歪みそうになる・・・
店のスタッフはあまり口を聞くこともなく黙々と飾り付けを進めるのだけれど二の腕にはめられた腕輪は又同じ
ようにきつくって痛い。押さえつけられているから腕も身が盛り上がりあっちゃあ~デス。豸-゛-; ヒリヒリ眉尻
この後ろには6、70cmの長~い付け毛がつけられた訳なのですが写真には後ろ姿は写しませんでした。
出来上がって写真を10数枚撮るのですがこの貸衣装と着付け、メイク、フォト10枚で一番良いのを選んで
くれフォトスタンドに入れてくれて1時間後にお届けとなりました。ネガ付きです!
沢山の方が体験されられていて、ご年配のご夫婦から新婚さんらしい方迄次から次へと体験されていました
が、その中でお一人男性の方(ご年配でした)が「あ~恥ずかし!!」とこちらを見ながら照れ笑いを浮かべそれで
もスタッフに促され照れくさそうに奥さまと写真に納まっておいででした。この小父様見たところのUsagiの印象は
カメハメハ大王と言った感じでした。。眉は太く濃くヽ豸*^^* ノ フフなのでありました。。
(体験されているかたが全員、日本人なのが笑える現場デシタ…)
6日目のバリの昼下がりの一コマでした。。 締めて3,725円也)これで25%引きでしたピョン!レートは
大体1RP(ルピァ)75円といったところです。
追記
このメイク京都で見かけるにわか舞妓さんよりは自然と思えるメイクでありました。。。。。
テヲアゲテ ミンナ ワタロウ 豸・・; 4月10日 5拍子のラーメン屋さん 2年前の日記より
ある日、母にお付き合いでお出かけの帰り、何気ない「ラーメン食べた いね。」
で、長崎ちゃんぽんの暖簾がかかっている店を思い出して、 つい… 不覚にも
その店のドァを引いた。。
「いらっしゃませ」無い。。もちろん「何しましょう?」 無い。。カウンターの席に
座った。 その前には煙草を銜えて何か書いてる店の女性。 無言のお出迎えに
壁に貼ってあるメニューに目をやった。 。。
ラーメン(素うどんならぬ素ラーメン)780円 高っ!! しかし驚くのまだ早い !
高菜ラーメン980円… チャーシュー麺1280円… いったい何を考えて値段つ
けてるん???? で、迷わずラーメンを注文。
もちろん返事もなくそのままラーメン2ハイと厨房に向かっ て叫んだのみ。
申し訳に出てきた水はコップが曇ってて気持 ち悪い。その間、その女性は大きな
鍋の中のアクをすくい出 した。。そのアク何処へ捨てたかと言うと、ピシャッと足元へ
撒 いた。花に水をやる様に。。流しにではない…
ビックリしているところへ次のお客さんが入って見えた。 もちろん無言、でも今度は
「何します?」フム フム 母がトイレに立って、帰ってきた小声で「トイレへ向かう時
の床 が油でぬるっとしてて滑らないかと気をつけて歩いた。」と話 した。
おまけにトイレには大きな蜘蛛の巣が張ってたとも言った。 豸-゛-;
私達はお化け屋敷に迷い込んだのか。。 しかし、極めつけはたった2杯のラーメン
30分近く経つのに出 てこない。が、又暫らくして出てくる雰囲気になった が し か~
し前を素通りして随分後から入って見えたお客さんに行っ たではないか。。。
「母曰く、間違えて向こうへ持っていった…。」 イイエ、間違いではなく、その後少し経っ
て私達にも運ばれてき た。すでに40分経過していたのだが一口、麺を口に運んだ。
「まずっ!」麺は湯がきすぎてべとつ き食べられたものではない。勿論スープも×考えれ
ば、私達より随分遅れて入 って見えたお客さんの麺を先に湯がきかけた麺の鍋にほり込
んでいたのだ。
「信じられない。」あまりのまずさに半分以上残して代金を払って店を出た。 呟くような
「ありがとうございました」に送られて。。
この話は落ちがあります。 店を入るときには気がつかなかったが店の引き戸と看板にも
「この、お店はアルカリイオンとマイナスイオン、オゾンなん とかで、常に店内の空気を清
潔に保って降ります。きれいな空 気の中で安心してお召し上がり下さい。」と・・・
あのな~お店の カウンター油分でネトッっとしていたよ~ 通りがかりの人が見たら本当だ
ろうと思うだろうに、知らなか ったら何書いてもいいんか~!も~許されへんわ~ 究極
の ラーメン屋さんでした。(怒りのあまり完全に大阪弁口調になっております”デス)
もし、もし、このお店へ行きたい人がいらっしゃいましたら、 Usagiにメール下さい。
そ~っとお教えいたします。『本場 長崎ちゃんぽん』と書 かれたこのお店。高い、まずい
遅い、汚い、無愛想。今時滅 多にお眼にはかかれませんぞ~。
では、メールお待ち申しあげております。そ~っとですよ。 そ~っと…
(((((豸* -- ………… ソォッー このお店まだあるのだろうか一度見に行って来よう。。勿論開いていてもラーメンを注文することはありえない・・・
かくて ......
この件についての一問一答 をカズッチに内緒で掲載
きっとバレないであろう・・・豸-゛-;
>Usagiさん
だからダメっていったじゃないかー
そういう時はキレルが勝ちですよ。 20分すぎたら「おそいんじゃボケー!」
ってキレテかえるべし 僕は、どんなにうまくても店員の態度が悪かったら
2度といきません。で、チェーン店とか ぐるなびとかに登録されてれば、苦情のメールを 書きます。 前に泊まった宿で、インターネットで申し込んで
特典がついてるはずなのに、それを宿の人に言っても ごまかされた事があったので、そのインターネット の申し込みサイトに苦情を書いたら イカが山盛り送られてきました。 >カズッチ
ん~ よく切れるはさみを持っていなかった。 しかし、待ち時間の40分は何を待っていたのか・・
あの時私達の前にお客さんが二人いた。
その人に一品だけその女性が小さいフライパンで何か
作って出していた。その間もう一人の料理人は何をして
いたんだろ。。ラーメン4杯40分、一杯に10分か..
掛算はあっているが。
☆究極のラーメン屋の裏話
このラーメン屋さんは、うちの会社の上司のお隣の
住人でご夫婦なんだって(女性がだいぶ年上の)
お隣に住んでいるのに、顔を合わせても挨拶した事
ないそうです。
何かお金持ちで、ラーメン屋さんは道楽で経営してる
との事で「儲けはどうでもいいのと違うか~?」だって
そんな、そんな、そんな問題じゃないだろ~!!!!
店の前にマイナスイオンのクリーンビラを貼るくらいなら
「当店は、道楽でやっております。5特典がついております
許せる方だけどうぞ”」と書き足せ~~~
このお店、淡路の電話局の前に道を隔てた向かい側にある。
怖いもの見たさの方一度お試しあれ。。。
カズッチ、一緒に行く?Usagiがおごってあげる。。
ただし、口直しのステーキはカズッチ持ちだから。
Usagiです…(ひろしじゃない) 少し古いが。。
>Usagiさん ほぅ デートのお誘いかー しかし高価なメシと言ったらステーキしか思いつかない とは、まだまだだのう。 >カズッチ Usagiはフレンチもイタリアンも中華も 好きだけど一番好き
なのは日本料理です。
脂っこいものに甘いものはち~と苦手なのです。。
でも、やはり高価なお食事と言ったら我が家 ではステーキ
か廻っていないお寿司!
ご近所によく流行っている美味しいお寿司屋 さんがあるの
蔵寿司って言ったかな、いつも 満員で席待ちのお客さんが
外に溢れています。
まずいラーメン屋さんとそのお寿司屋さんは 少ししか離れて
いないのが妙に可笑しい。。
蔵寿司って同じ名前で廻っているお店もあるけどここは全く
違うお寿司屋さんです。
>Usagiさん やっぱ寿司は、回ってる寿司が一番だな。 ステーキは、高いから食いません。いや、食えません。 チャーシューとラーメン 3月21日 晴れ トータス 時々 私 usagi 「トータス~降りといで~」
totasu 「なんや、わしの事か?」
usagi 「トータス~ 早う降りといで~」
totasu 「どないしたんや、もーうるさいなぁ」
「わしなぁ、もう眠たいねん....歳やからなぁ」
usagi 「ごじゃごじゃ言わんで降りといで~」
totasu 「はい!降りてきたで。。」「で、なんの用や」
usagi 「遊ぼ”」○O豸*^▽^*oあそぼっ♪ totasu 「もー 堪忍して~やusagiはん」
「あんたと遊ぶほど わし暇犬ちゃうねん#・*・$・%」 あのね、この頃トータスが遊んでくれないの・・
コメント
3月1日 心のままに 気持ちの乱れたままブログを開けなくて長い間閉じたままにしていました。
開けることが出来なかったのは自分の未熟な心であって誰のせいでもなく
自分を見つめ直す時間であったのかも知れないと考えています。
ここへ置いてきた詩や感情は誰の真似でもなく自分自身のことで、幼稚
な詩でも小学生が書いたような詩でも人生の機微も何もない薄っぺらな内
容でも総てがUsagiです。自分の感情に任せて人を傷つけるようなことがな
いようにとそれだけは心がけてきたつもりなのですが・・・自分の身辺に色々
な起こる出来事だけで余裕がなかったことで誤解を受けたのがことの起こり
なのだと考えると無視したと言われても弁解するゆとりもなく。。
今,心に余裕がない。人様の気持ちになら自分なりの心でどうにかより沿っ
て行けるかなとも思えるのに自分の中へは踏み込むことを頑なに拒んで硬
く閉じていたのかもしれない・・・でもこれがUsagiだからずっとUsagiだから。
今自分の周りに逆らってもどうしようもないことがかさなって起きています。
この先どうなっていくのか自分に分かりようもなく穏やかな春を待ちわびる
今日この頃です。。
せっかく書きこんだスペース重たい内容になってしまったUsagiの独り言な
のでした。。。。。。。。豸-゛-;
8月23日 やさしい雷 Photos S・MORI
雨が雷を突付いた。。
雷はん決してこのことは 誰にも言わんと~いて・・・
うん 誰にも言わんから
み~んな 言うてみぃな
あんな 雷はん。。 どないしたんや?
やっぱり ええわ
どうしてなん?
言うの辛いのんか
うん・・・
そんなら な~んも言わんでもええぞ
そう言ったかと思うと
雷はんは 稲光を放ちながら
出来立ての雨雲の上に
ヒョイと飛び乗った
ピカッ ピカッ ゴロゴロ ピカ ピカッ ドン!ドドーン!
思いっきり太鼓を叩きだした
いくらでも泣いたらええぞ
どんな大声で泣いても
み~んな おいらが隠してやる
ゴロゴロ ピッカ~ ゴロゴロ 雨はんこらえ切れずに
大粒の涙を流しはじめた
それにしても今日は雷さんがゴロゴロ鳴ってかと思うとその内土砂降りの雨が
降ってきました。間髪入れず「ドドドドドド~ン!!」って凄く大きな落雷の音。。
Usagiは雷さんが足踏み外して雨雲の上から落っこちてきたんかと急いで窓
際まで走り寄って辺りを見渡したのでした。
で、雷さんは落っこちたのでしょうか?それは雷さんの名誉の為に秘密です。。
やさしいお天気
8月14日 盂蘭盆 万灯供養 親父がいなくなって
二度目の夏が来たけれど
親父がいない以外
何も変わってはいない
思い出・・・ うん まだ小学校の頃にね
親父が庭に植えた色んな苗に
片っ端から掛けてやった
「肥料だぁ!」ってね
あの時叱ってくれたように また叱って欲しいと
思うのは僕の我侭?
親父が元気な時には 二度と会えなくなるなんて
考えた事もなかった
この盆には帰って来るよね ちゃんと見送るから
必ず帰って来てよね
約束だよ
帰ってきたら 二人で飲もう飲めないお酒
月への里帰りから戻って参りました。 こんなに長い間留守にしてごめんなさい。。
初めはPCの不調から始ったのですが、どうしょうもない事態に陥ってしまい
お終いにはもう居直ってしまってまな板の鯉ならぬ因幡の白兎状態になって
しまっていました。どう弁解してもどうにもなりませんね。豸^^;
PCを復旧すべきCDがやっと見つかりこのスペースへ戻ってみれば涙が出
るほど嬉しい皆様のコメント。この嬉しさをどう表現させて頂けばよろしいので
しょうか本当にありがとうございました。
今、会社ではPCでの閲覧はチェックが入り出来なくて頼りの従兄弟のまー君
は堺へ引っ越して一人住まい始めちゃうし星の五線譜へは本当に全く足を踏み
入れられませんでした。
でも戻ってみれば悲しい出来事やお別れが待っていてすぐにも再開しょう
皆様の処へ直ぐにでもお詫びと再開のご挨拶をと思っておりましたが、悲しい
お知らせに心が痛みを覚え、只呆然としてしまっていました。
人間が生きて行く上において避けては通れないどうしょうもない別離を間の辺
りに拝見して素直に再開が喜べないないUsagiもいました。
それでも、それでも人は明日に向って傷ついた心を癒しながらも歩いて行かね
ばならないって、自分が凹んでいてどうすんねん?微力ながらも元気の元を手
作りすべく改めて再開に踏み切ります。どうかこんなUsagiを許して頂けるので
ございましたら、又あい変わらぬお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。
Usagi
5月20日 桜は散ったけど。。 随分、遅れてしまって・・・話題の桜が葉ばかりなのに、このお話はちょっぴり
お寒い話題かもしれません。5月の初めに書き始めていたのですが。。
桜の花って、鼻先に持ってきてもちっとも匂わないのに、少し手をかけるとほ
んのり優しく香る。でも、どんな花にもそれぞれの個性や香りがあって甲乙つけ
難いのは花好きの方には堪らない嬉しさで可愛さなのでしょうね。
春にしか逢えない桜、華やかさはどの花にも負けないのに散る時の寂しげな
表情は厳しさの中に儚さが見て取れる。それ故、万人に古の頃から愛され続
けている由縁かも。
今年はUsagiん家のご近所にあるお寺の境内に咲く、少し濃い目のピンクの
牡丹桜をUsagiママがお願いして頂いてきました。何時もは隣組の組長さん
のお宅で薄墨桜というのでしょうか、淡いピンクの桜の花を採らせて頂くのですが
今年は、お寺の境内の濃い目の桜の花をゲットしょうと虎視眈々と開花具合を
見つめていたのです。。。でもあまりに見事に次々開花して行く桜の花の蕾を摘
ませて下さいとさすがのUsagiママも言い出しにくく、幾日かが過ぎてしまって意
を決してお願いした時はもう満開だったのです。
桜の花がサクランボのように2、3輪づつついているのを丁寧に摘んで籠一杯
にして持ち帰ってきたUsagiママ、まるで玩具を与えられた子供のように、熱心
に一心不乱にこれまた丁寧により分けて洗うべく笊へと入れていくのでした。
綺麗に洗った後で一晩、荒塩をし水に浸けて重しをして置いておくのだそうで
す。お水が上がってきたら絞って白梅酢に浸し5、6日置いた後、梅干みたい
に花を笊に上げて干して、Usagiママは何か色んな塩(荒い塩なんだけど)混
ぜて桜の花にまぶしていました。凄い量の桜だったのに中位の瓶に一つ、ジャム
瓶に3、4個出来ました。
↓
あの時、「今年は蘭茶もしょう。。」と言ったかと思うと立派に咲いた蘭の花を
惜しげもなくチョッキン、チョッキン,チョッキン!蕾まで。。かくて蘭茶と桜茶は出
き上がり試飲となりました。本当は塩が丸くなるまで置いたほうが美味しいの
ですが、そこはもうUsagiママは待ってられないのです。。どうしてって?ふふふ
それはですね、お友達に持って行って喜んで頂こうと気持ちはもう持って行く事
へと飛んでいるのです。。今、我が家の冷蔵庫の中位の瓶に七分目残ってい
るでしょうか・・・
↓
昨年の桜は白っぽい薄墨桜だったので、桜茶を湯呑みに入れても殆ど白に
近いお花だったのですが、今年は濃い色の牡丹桜を頂けたので写真のように
綺麗な色の桜茶になりました。
↓
ところで、つい先日の17日が父の小月命日でしたが、またもやUsagiママ
朝早くからキッチンでドッタンバッタンしていたかと思うと、お供えのお盆に乗せて
出て参りました。。こし餡入りの桜饅頭、塩漬けの桜を軽く洗って上に置いた
桜饅頭の塩気の利いた美味しさは、きっと仏壇の中の父も、あの美味しい笑
顔振りまいていたことでしょう。豸*^^*
↓
↑ 虚舟斉先生へ 豸*^^* うぃ・・
花より団子、団子より桜酒を。 どうぞ !!
Usagiの分は、いいちこをソーダーで割って少しだけサイダー(甘みに)入れて
頂きました。お酒は苦手だから甘くしないと飲めない。。デス
Usagi
5月2日 思い出の裏側 超獣バラバ 先日の事、Usagiのブログ時折登場してもらっている従兄弟のまー 君が。。
「こんにちは!」予告なしの来訪であったにも関わらず、後ろには、まー君とは少し歳の離れ
たもう一人の従兄弟のゆうちゃんが立っていた。
「こんにちは!」Usagi→「うにゃっ~!!!どないしたん二人揃って?」どうやら二人揃って日
本橋までPCの周辺機器の物色に行くので、ついでに家へお出ましとなったとのこと。ついで
になのである・・・。
三人揃うと、どんな話にせよ、どこまで飛躍していくのかは検討がつくのだけれど、プレミァの
ついているマジャリンコシール(子供の頃お菓子を買うとこのおまけシールが入っていた)の話か
らだんだんと話が盛り上り、ゆうちゃんのウルトラマンの怪獣の消しゴム(ガチャガチャでゲット)の
話に及び話の内容が熱を帯びてきて面白くなってきた。
ところが、午後から出勤のUsagiその話が面白くって後ろ髪引かれる思いでの出勤。。
「その話の続き聞きたいから、もう一度帰りに寄って絶対に来て!」勿論、ブログねたにしょう
との魂胆はバレバレなのですが。。言いたい放題言って「行ってきま~す!」
帰宅すると二人とも帰ってきていて、またもや盛り上がっていた。 「嬉しい”」豸*^^*
が、その内容は悲しいかなあまり良い思いではなく、思い出の引き出しに入れておくには余
りに、苦い思い出話だったのでした。
ゆうちゃんの小学校当時ウルトラマンの怪獣の消しゴムがブームで、近所の駄菓子屋さ
んの店先に置いてあるガチャガチャ(ミキサーのような透明の入れ物に、丸いブラスチックが入
っている)20円入れてハンドルを廻すとガチャポン”と転がり出てくるしかけで、そのプラスチッ
クの球の中に怪獣の消しゴムが眠っているのである。大人になって分かったことだと悔しがる
のは丸い球に入った怪獣は丸く胴が曲がったままであったのだが、それは熱いお湯に浸けると
腰の曲っていない怪獣になったことなのである。。。
その怪獣を男の子達で持ち寄って丁度、紙相撲の様な勝負をして負けると相手に持って
行かれる。学校から帰ると毎日その怪獣合戦に熱中していた時のお話なのである。
その頃は少し小さめだったゆうちゃんが、近所でも一際大柄のT君の持っている怪獣ガロンが
欲しくて欲しくて何度も挑戦し何十個と取られていたある日の事、どうすれば、どんな怪獣で
戦えば勝てるのか毎日毎日子供心に勉強そっちのけで考えていたのだが
と言う小さいが尻尾の長い怪獣で向っていった。。ガロンは大きくて下が丸い三角柱のような
体であったのだが、トントン、トントン、トコトントン、ポテッ!「やったああああああああぁ!!!!」つい
についに倒したのであった。ある時はお菓子の箱の上、又ある時はお菓子の缶々の上、本の
上と、何度挑んだことか… しかし、T君は言った「今のはおかしい、最初から傾いていた、あか
ん今のは無しや!なし!」 「えぇ~~~!なんでや!ずるいぞ!僕が勝ったのに!!!」。
でも、どう言おうが叫ぼうがくれなくて、終いには、T君は観てもいなかった友達まで呼んできて
皆でインチキだと言い、無理矢理にノーゲームにされたのである。
「その後どうしたと思う?」 「う~ん。。」 「今まで相当な数の怪獣を取られているのに、やっ
との思いで 勝ったのにくれないなんて悔しくて悔しくて盗ってしまった」だが罪悪感はなかった。
翌日T君が「お前、ガロン盗ったやろ!」「知らん!」「負けたのに渡さなかったからバチが当たっ
たんじゃ」 「って、僕が盗ったのバレバレやったけど」自分が悪いと分かっていたせいか、その一
度きりで何度もひつこく言ってくる事はなかった」そうでした。どちらにしろ盗ったと言う事は、いい
思い出ではないとボソッとゆうちゃんが呟いた。
そんな日々でのことあまり遊んだことのないM君と言う子に自分の自慢の怪獣を色々見せ
て遊んだ日の夜の事、その頃どういう訳か皆が持っていなくて、自分だけが運良くゲットできた
バラバと言う怪獣で真っ黒のボディに金塗しのもので大事に大事にしていて毎晩、出したり
入れたり眺めて遊ぶ。だが怪獣を入れてあった缶々の中にない・・・。翌日その話を友達にし
たところ「あいつに見せたらあかんのに、欲しいのは持っていくのに知らんかったんか~」 又もや
である「お前盗ったやろ!」今度は立場が逆なのでる。M君「知らん!」「いや、お前にしか昨
日見せてない!」「いや、知らん”」押し問答の末「そんなに言うのだったら証拠見せてやる」と
家へ帰って持ってきたバラバは手が命とも言うのに腕が切り落とされていたのでした。何でも手
の部分が刃物のような怪獣でそれが良かったのだそうで、それが切り落とされていた。
「ガーン!!」ショックで声が出なくてその時の衝撃は頭をハンマーで叩かれたような衝撃だった
らしい。そして・・・そのあとボカボカにしばいたったのだそうである。Usagi→あの頃はチビだったくせに~
。。。結局は認めたらしいのだが、この二人には怪獣のもたらした悲劇に違いはない。。
その後もまだ怪獣の思い出話は続いた。。近所に住むS君と言う年上のお兄ちゃんが、自
分の欲しがっているタイラントと言う怪獣を持っていて、自分にはあまり関心のない怪獣消し
ゴムと交換してくれると言うので喜びいさんで「手に入る~!!!」と家へ飛んで帰ったのだがいくら
探せど無い!缶々をひっくり返し血眼で捜したがない” 「あぁ~あいつが”あの時あれも盗ら
れていたんや!」後の祭りであった。。 どれだけ腹が立っていたのだろうその時の怪獣の名前
「タイラントやろ、マグマ星人やろ、バラバやろ、エースキラーやろ・・・」ゆうちゃんの嘆きの怪獣
話は止まらないのであった。今でもその時のこと小学校時代からの友達と話す時「ゆうちゃんの
バラバ、ばらばらや~」ってからかうのだそうで、かく言うその友達もバラバが欲しくて、何とか交
換してもらおうと思っていたそうでその話を聞いた時はショックやった~と思い出話に花が咲く
そうなのだ。
しかし、そんなに大事にしていた苦い思い出の詰まった怪獣消しゴムもその後、そっくりその
侭、まー君にあげてしまい全部手放したゆうちゃんのほろ苦い思い出話は、まー君へ語り継
がれた夜のお話でした。
でもその後まー君が最後の締めくくり、ゆうちゃんにもらった消しゴムが宝物で外へ持ち出さ
ないのに友達が遊びにくる度少しずつなくなって行き、見るに見かねたおっちゃんが、怪獣の
足にマジックでナンバーを書いていったのだという何処まで行ってもお騒がせな怪獣消しゴム
騒動なのでした。
子供の頃の、誰もが色んな形で色んな経験をして、だんだんと成長して行くわけなのです
が。この怪獣相撲ごっこのあと暫くして筋肉マンになり、そして子供達や大人迄巻き込んで
行く閉じこもりの遊びへと移行して行った。あの頃近所にマンション公園と名づけた広い公園
があったけれどボール遊び禁止のおふれは、子供達の遊びの場を奪う大人たちの危険と言う
思いの中での禁止考、今や学校のグランドさえも塀の中の様なありかたに、日常のニュースで
歪んだ心無い犯罪者の為に憤りを持て余すのですが、イヤこの人達もある意味、何もかも無
関心になりつつある現代社会が生み出した怪獣なのかも知れない。人に優しくは人と触れ
合わなければ生まれない言葉でも、子供の頃から色んな形で、心に触れ合う機会がなけれ
ば育って行かない言葉であると思うUsagiです。。
お外で遊ぶ子供の姿は殆ど見られない時間に追われるように塾通い、でも決してお父さん
やお母さんを責められないと思うのね。。遊ぶ場所もあまりなく、外は色んな意味であまりに危
険で悲しい現実です。
Usagi
ブラックギラス タイラント
ガロン ババルウ星人
エースキラー タイラント横から
マグマ星人 ダダ星人 Usagi月人??
4月22日 青空と大地に包まれてPhotos S・MORI 空は何処までも青く澄んで 雲は気持ちよく膨らんでは なだらかなカーブを描く
緩やかに流れる
のんびりとした時間 大地と空が交差する景色の中で 牛の親子がノンビリと 少し歩いては 立ち止まり 立ち止まっては また歩く 時は流れながらも 静かな寝息を立てる 人がこんな穏やかな自然に 包まれたなら もっと優しく なれるかも・・・そんな気がした Usagi
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